今まで見る専門だったSNSを、今年から本格的に使用し始めました。
使用していく中で、最近のSNSに対して個人的に感じることや思ったことを少しまとめようと思います。
SNSを始めてからの違和感
自分はSNS初心者なので、今は当たり障りのない内容で趣味であるアクアリウムのことや何気ない日常について一人語りして使っていることがほとんどである。
そんな使い方でも、最近めっぽう記憶力の低下を自覚している身としては日記を書いているような感覚で新鮮でかつ楽しいと感じる。
個人的には収益等を望んでいる訳ではないけれども、やはり自身の投稿したものを全く知らない人が見てくれていると思うと少し嬉しいものである。
自分のおすすめには趣味関連の投稿されている方が上がってくるが、その中でも最近特に気にかかるのがいじめ動画である。
いじめ動画がSNSに流れる時代の「異常さ」
”いじめ”そのもの自体が許されない行為であることは大前提であることは重々承知している。
しかし近年のSNSでは、加害者側”自ら”が暴力などの行為を動画撮影し、投稿するというようなケースが増えているように感じる。
これは加害者側が”いじめ”と認知していないことも考えられるが、その背景には暴力などを通して「誇張した自身の存在誇示」や「歪んだ承認欲求」が背景にあるのではないかと考えてしまう。
そもそも、動画がインターネット上に存在する時点で加害者側の悪質性も目立つが、何よりも個人が特定されるというリスクが孕んでいるのである。
切り取られた動画を見た視聴者が”私人警察化”する問題
SNSに投稿される動画はせいぜい長くても数分~10数分程度のものが多い。
その短時間の動画で「誰が悪い」「どちらが被害者か」と判断されてしまう。
しかし、動画は多くの文脈を欠いていることが多く、背景には複雑な人間関係や経緯がある可能性もある(決して暴力などの行為を容認するものではない)。
そこに対して視聴者が正義感を暴走させ、当事者を特定し、私刑のように叩く行為が当たり前のようになってきているのではないかと感じるのだ。
これに関しては、双方にリスクが伴うことであることを忘れてはならないだろう。
行政・教育現場がセンシティブな話題に触れにくい構造
こういった動画が拡散された場合、次の日にはメディアで取り上げらていることがほとんどである。
もちろん個人が特定されているのであるから、社会人であれば会社であったり、学生であれば在籍校など関連する施設も社会からの視線は感じずにはいられないだろう。
これに関しても私人警察化した視聴者が電凸するなどの投稿も見かけることがある
しかし、こういった内容に関しては企業さらに行政でさえも「炎上」や「責任追及」を恐れ、SNSで拡散した事件に慎重になりがちであると感じる。
その結果、当事者へのケアや事実確認が遅れ、問題が深刻化することもある。
個人的には「触れないことで守る」のではなく、「適切に扱うための仕組み」が不足しているのが日本のSNS社会の現状なのではないかと考えるわけである。
加害者だけでなく被害者も傷つく未来への懸念
動画が拡散されると、被害者は「被害の瞬間」を永遠にネット上に残される。
仮にだが、「同じ学生服を着ていた」、「同じユニフォームを着ていた」、「名札をつけていた」などの状況であればどうだろう?
おそらく、多かれ少なかれ”被害者”も特定されてしまうだろう。
それは、”被害者”にとっての将来の進学・就職・人間関係に影響する可能性はないだろうか。
私は加害者はもちろん責任を負うべきだが、被害者まで人生を縛られるのは理不尽だと思う。
これに関しては「ネットに残る」という新しい形の暴力が、いじめの構造をより残酷にしていると感じざるを得ない。
私たち視聴者が持つべき倫理的観点
まずは、いろんな情報が流れてくるSNSであるが、見ただけで断定しないことが大事ではないだろうか。
もちろんネガティブな内容であったり、信憑性に乏しいと感じるのであれば安易に拡散や特定に加担しないことも大事であろう。
そして被害者を救済したいという気持ちは重々承知であるが、「正義の感情」が暴走しないよう、一旦立ち止まって自分の行動が誰を傷つけるかを考えるのはどうだろうか。
これらを推し進めていくためには、社会全体としてSNSを利用する際の責任を自覚する必要があるのではないだろうか。
個人的に考えたこと
行政や教育の現場、家庭などを含めた個人が、SNS時代のいじめに対応できる教育と仕組みを考え、整えていくことが必要だろう。
実在した事象に対しては、被害者の心身のケアだけでなく、ネット上の痕跡への対処も含めた手厚い支援を望みたい。
加害者への指導も、単なる罰ではなく「なぜそうなったのか」を掘り下げるアプローチが求められ、繰り返す事象に対してどのような対策ができるか考えていく必要があるだろう。
そして何より、我々視聴者が「消費者」ではなく「責任ある市民」として振る舞うこと。
個人の倫理観を豊かなものに育てていかなければならないものと強く感じた。
まとめ
少し長くなってしまいましたが、SNSのおすすめに上がってくる内容があまりにも暗い内容が多いので自身の考えを書かせていただきました。
これも日々勉強の一環…
次は明るい内容を取り上げるぞ!
それではまた次回!

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